虫垂炎&麻酔・地獄の2週間日記 HOME
暮れも押し迫る平静旧年12月半ば、突然の悪寒と腹痛に襲われ、胃薬と使い捨て懐炉を10個ほど集め、持病の扁桃腺とは違う高熱の出所に戸惑いながら、丸一日働き終える。
<寝れば直るさ>と、解熱剤と風邪薬と栄養剤を山盛りにして呑み込み、胎児の様に布団にもぐり込むこと6時間。
トイレにしゃがめない程の腹痛に目覚めて、<これは一寸違うな>と誰も居ない部屋で,一人腹に手をやると、お腹全体の痛みが右下腹部に集中して、異常に痛い。
<あれだ!あれに、間違いない>と、歯医者以外に使った事のない保険証を探し出し、一番近い外科へ自転車漕ぎ漕ぎ、一直進。
『どうしました』
血塗れの患者が来ても変わらぬ受付孃の優しい笑顔、
『多分、盲腸だと思います』
『お呼びする迄、お待ち下さい』
優しい笑顔の仮面に見送られて、身体の何処かしらに白い包帯を巻いている人々が待つ待合室に。 座る間もなく、『京菓子さん、お小水を』『京菓子さん、血液を』『京菓子さん、レントゲンを』『京菓子さん、婦長がお会いします」小水と血液とレントゲンをとられ、絵に描いたような婦長自ら問診、やっとのことで先生様登場、御診断。
『虫垂炎ですね。今から切りましょう!』
更なる痛みに会話も儘ならぬ私の返事、今思い出しても恥ずかしくなる返答、団塊の世代にしがみつく古代人。
『来年では?』
『かまわんけど、死にますよ!
普通、急性でも2〜3日後なんですが、あなたの場合、一日で痛みが集中してますね。破裂するのは時間の問題です。切ったら1週間で退院だから、切りましょう!』
ともかく、病気で休んだことの無い会社人間にとって師走の繁忙期に一週間も休むなんて、地球が引っ繰り返る程の一大事。<この切り裂き魔め!!>と思いつつ首肯いたものの、内科へ行って風邪薬なんか貰っていたら手遅れになっていたかもしれない程の超〜急性虫垂炎だと理解したのは、年を越した図書館での事。
家族への連絡もつかない間に、レントゲン・心電図・血液サンプル・・・・・・
『歩けますか』『大丈夫ですか』『もう少しですからね』と看護婦の笑顔に振り回されて、手術前の儀式・剃毛が執行される病室へ。
痛さは新記録の頂点を目指し、看護婦の笑顔なんか何の役にも立たない。
他にも役に立たない物が、手袋越しの看護婦の手で隅に追いやられる。
点滴・アレルギー検査・抗生物質・・・・・・・山ほどの針を打ち込まれて霊安室のような手術室へ、更に麻酔の針がブスッ・ブスッ・・・・・・・・・と。
『痛いですか』とお腹をつねる医者、
『痛いですか』とお腹をつねる看護婦、
『どうですか』とお腹をつねる医者、
ベッドが斜めに何度か回転して、『始めようか』と医者の声。
メスが腹を切り裂き、クリップが皮膚を拡げる。
ズルッ、ズルッと腸が引き出され、絡みついた胃袋までが引き出されているかのように痛い。
『先生、胃が引っ張られて、痛いんですが』
『んっ、横隔膜が引っ張られるからね』
『痛いんですが』
『大分痛いかな?』
『凄く痛いです』
『我慢出来ない?』
『死にそうですよ』
『もう一寸だから』
歯を食い縛っても漏れ出る悲鳴にも似た嗚咽、耳の中に入りそうな勢いの涙、頭の中が血塗れのお腹で一杯になり、泣き叫ぶ寸前の私。
『先生、血圧が下がってます。90・・・・・・・80・・・・・70・・・』
『駄目だな』
<オイオイ、死ぬのかよ> 肩を押さえられ、針がブスッ・・・・・・・・・・・。
目が覚めると、見知った顔・顔・顔。
親戚一同が見守る中、安心して眠る。
うつら、うつらする中で、救急病院特有のサイレンを何度も聞く。
同室の先客が『長かったですね』と声を掛けて来て、始めて死んでいないことを知り、また眠る。
半年前の花見以来一滴も飲んでいないのに、『お酒飲んでたでしょ?』と看護婦に笑われ、回診の医者にも云われるが、<麻酔に強くて悪いか!>と,気持ち強がってみるも、通常の麻酔量を越えた後遺症で頭を起こせない。頭が心臓の位置より高くなると、目の前がフェードアウトしてしまう。粋がって溲瓶を断るが、行き着くまでに座り込み、便座の上で長い休憩、帰りは歩行器の世話になる。要するに、身体を動かせば治りは早いらしいのだが、如何せん、目眩と嘔吐感が顔を蒼ざめさせ、頭の両側から押しつける様に視野を狭くし、身体は胎児に成るばかり。
虫垂炎切除の痛みなど有ったのか無かったのか思い出せないくらい、頭痛の重暗さだけが今でも記憶に残っているほどで、お腹は針金状のクリップが『鉄男(89)』のように浸食していた。
一番若い看護婦が『頑張ってよ!あたしなんか、3日で働いたんだよ』と言うけれど、<それって、労働福祉法に違反していないのかな?>、話を聞きつけた年配(?)の小母さんが『無理しちゃ駄目だよ!あたしなんか3週間も立てなかったんだからね』と麻酔の恐ろしさを語り出すが、気持ちは萎える一方。
お腹の傷は瘡蓋が取れて赤ん坊の様なピンクの肉芽が盛り上がって来るのに、サイズの合わない眼鏡をし続けているような、きつい帽子を被っているような、二日酔いに似た頭を抱えながら歩行訓練をする身体は、下り階段が完全にアップアップ!屋上で日向ぼっこをしたのはいいけれど、帰りは座りながら一段一段降りる憂き目に合うていたらく。
レントゲン・CTスキャン等全ての検査に不都合は無く、目を閉じて居る方が楽という状態なのに、年末に<正月帰宅>ならぬ退院となり、『具合が悪かったら、来て下さいね』と言うけれど、動くのが面倒くさいのに通院など出来ますか、詰まるところ、自宅療養のような状態で子供並みの長い正月を過ごして、平静自由年をめでたく迎える。
〜『1998年夏暑中見舞い』より抜粋〜
<参考資料>
| 診察料 | 230 | 投薬料 | 523 | 注射料 | 5292 | 処置料 | 916 |
| 手術料 | 7966 | 検査料 | 2997 | X 線料 | 2402 | 入院料 | 20509 |
| 文書料 | 2000 | 電気代 | 50 | その他 | 180 | 食事負担金 | 10640 |
| 消費税 | 67 | 計 | 53777 |
入院15日(京菓子) 入院7日(一般)
病院 53777円
30000円
テレビカード 10000円 10000円
雑費 30000円
30000円
入院証明書一枚5150円×3 =
15450円
15450円
手術給付金 50000円 50000円
疾病入院給付金(11日) 55000円 15000円(3日)
健保による割り戻し金 37600円 21000円
会社の保険より(11日) 55000円 15000円(3日)
差し引き計 88373円 25550円
『入院すればする程、儲かる!』
と言うことを、初めて自覚しました。
本当に<頭痛>がしていたのに、
年末の<正月帰宅>と一緒に追い出されたのは仕方ないと、
還付を受けて、初めて、理解した馬鹿者です。(
Φ◇Φ)