6ー1
荷台は、箱を壊され、蓋を外され、歌い歩く者達に投げ渡される食料品が山と有る。
辛うじて座れる谷間は、零れた酒と潰れた果実で、溺れている。
「あなたが乗ると知ってたら、しゃんとしてたのに」
丸い眼鏡一杯に瞳を輝かせ、女が、毛織の肩掛けを敷く。
化粧と嗜好を我慢した涙の結晶がどろどろの床を覆い隠す。
「ほら、座って」
無理矢理押されるまで待ち続ける習慣を捨てると、中は囲いの鉄板で静かになる。
右脚を折り曲げながら抱きついてくる女は、残りの脚が曲がらない。
笑い掛けてくる顔が、ルヒカの息子とそっくり同じ笑顔、相手の心を覗かせ照れている。
「地獄でも相手を選ぶ方なの?
それとも男なら誰でもいい女は別なの?
寒気を引き起こすほど嫌いなら諦めるけど、
どうでもいいのなら、抱いて」
言葉の節々で果実を車外へ投げながら、女は、脱ぎ合わせる靴の中に眼鏡をしまう。
「いいとこなんか無いわね。
無欠勤と、自分でも呆れるくらい人がいい事だけで十年。
毎日自分の足跡を捜し歩いてたのよ。
あげくが、給料が高くなり過ぎたから、上役の後妻にさせられる。
あたしに輪を掛けたような男なの。
高給と言ったって、一年に一度はしゃいだら無くなってしまうのに」
結ばれる線の中途を見つめる眼は、
飲みそびれた逃げ水を追う放浪者となって、うろついている。
「誰でもいいの。
宝みたいになってしまったものを、みんな捨ててしまいたいだけ。
憐れみでも何でもいい。
愛なんか無くていい。
思いっきり突きまくって欲しいの。
立ち上がれないくらい、目茶苦茶にして欲しいの。
最後のお祭りだもの、願いが叶うなら殺されたっていい」
規則正しい機械となって投げ下ろす腕を除いて、
女の体は、遠慮深く始めの位置に固定されている。
時折上がる喚声と瓶の割れる音、歌声はもう止まっている。
車の振動が自らの悲鳴を抱き寄せてくる。
不安定な位置を守る酒瓶が足場を踏み鳴らす。
時を刻む静けさ、叫び出す一瞬。
車は向きを変える。
投げ上げ投げ下ろす女の腕が、覗き込む光に切断され、宙を斜めに横切ってゆく。
自由にならない脚を守りながら武者振りついてくる女は、
悲鳴を噛み殺しながら、凍える尻を少しずつ暖め始める。
一突きで終わる儀式は、女の涙とめでたく交わる血で幕を飾る。
止めどなく溶け崩れる女の体を下に詰まらない山男が一人誕生する。
男が酒を飲むたびに激増する山の数は、明日出現する海底火山も含まれ、海を枯らす。
<僕を昨日抱いた子は>と、話し出すヒジリは女の体を苛めない。面と向かっては激しくなる悪口も、約束を戦争のたびに反故にされたミモーと違い、反論できない者には使わない。金で買う技術だけを、味合う酒の品種選びの要領で、<二度と味合えませんよ>と、言い表す。
<一度でいいからおぼこに出くわしたいもんだな>と、叫ぶルヒカには二重の意味を探れない。僅かばかりの暗示に思い詰めるルヒカを余所に、ミモーがまた一人処女を殺している。
「ありがとう」
抱き抱える腕の中で女が囁き、
答えを持たない男が無責任な涙を飲み込む。
車の幌を射通す街灯が、女の顔に蝸牛の足跡を示してくる。
「ありがとう。とってもいい思い出だわ。
御馳走の山と大勢の友達に囲まれて、思い残すことも無いわ。
生まれて初めて見るお祭りの夜に、永すぎた青春を結んだのよ。
聞いて。
あたし思うの。
昨日までの哀しみも、
明日からの苦しみも、
昨日という日のためにあったの。
女は、今夜のために生きてきて、今夜のために生きていける。
あたしを恐れさせるものは、もう、何も無いわ。
何も無いの」
言葉を知った時から、捜し、考え、まとめあげた言い回しが、夢の実現に効果的な登場を果たす。呪文を好むミモーは勿論のこと、捨て台詞に囲まれるルヒカでさえが、静かに耳を欹てる。
便所の裏から引きずり出される少女が、鬼になる夕暮れ。
鬼になりきれない少女の心は、誰も居ない広場を駆け巡る。
待ち兼ねる子供達が、一人抜け、二人抜け、秘密の広場で遊び出す。
街に明かりが灯り空を焦がす頃、少女はようやく鬼になる。
<早くしないとみんな、飢え死にだわ。
早くしないとみんな、風邪を引いちゃう>
一晩中、そしてあくる日と、捜しあぐねて学校が始まる。
誰もが休日の喜びを思い出し夢見る一日。
鬼は、何も気がつかない一人一人の背中にそっと触れ、少しずつ笑顔を取り戻して少女になる。来週も、その次も、飽きるまで繰り返される隠れ遊びは、子供が大きくなって入れ代わるまで続く。出遅れる少女はいつだって、人影のない広場を目隠しのままで走り回り、捜しきれない相手を求め、少女の胸の中で死ぬまで終わらない。